一貫性が利益をもたらしてきた理由

伝説のタートル投資の1人であるカーティス・フェイスはこう書いている。

「わたしの考えでは、あまり儲けに執着しないほうがたくさん稼げるようになる。(中略)わたしが成功したのは、少なくとも部分的には儲けにこだわらなかったからだ。わたしは取引をうまく行うことにこだわり、師であるリチャード・デニスが私の取引をどう思うかにこだわったが、自分の口座を毎日出たり入ったりしているお金の額にはこだわらなかった」

嘘だと思うかもしれないが、これは本当だろう。

あるシステムを最大限に機能させるために重要なことは、一貫性を持って最善手(正着打)を打ち続けることだが、儲けに執着する―すなわち自分の口座のお金が増えたり減ったりすることに対する欲望と恐怖にかられると、一貫性を保つことが困難になる。

つまり、システムが停止し、パフォーマンスが低下する。これではどんなに優れたシステムを持っていても勝つことはできない。ほとんどの人がゲームに勝てない理由はここにある。

たいていの人は「偶然が結果を支配するゲーム」をするとき、相場や対戦相手と戦っていると思っているが、ほんとうはそうではない。相場や対戦相手に対する自分の感情―欲望と恐怖―と戦っているのだ。

欲望や恐怖は認知のゆがみをひきおこし、目先のことしか見えなくなり、幸運を実力と勘違いし、損失を認めることを拒否し、誰かの意見に流される。

相場や対戦相手に勝つ以前に、自分の感情に勝てないと、どんな有効な戦術も機能しなくなる。別の言い方をすれば、理性のみに従うことができるかどうかが成否を分けるのだ。

高い塀の上を歩くのは危険だが、人は畳のへりや、落ちても怪我しない程度の低い塀ならうまく歩ける。もし低い塀の上をまったく危なげなく渡ることができるのであれば、理性で考えれば、危なげなく高い塀の上も歩けるはずだ。

違うのは、万が一落ちたとき、低いところでやっている時より危険だというだけだ。危険だが、理性で考えれば―危なげなくバランスを取って歩く技術があるのだから―安全だ。

変な問答だが、ここで自分の技術への信頼を持てるかどうか、その信頼が強固かどうか―それが強者と弱者を分けることをわたしは知っている。精神論めくのでわたしはあまり好きな言葉ではないが、それを「信念」と呼ぶこともある。

アインシュタインの言葉、

『覚えておいて欲しいことがある。相場で売買するのではない―相場に対する信念で売買するのである。』

この「信念」とはそういうものだ。

1点10000円というような高レートでも買い方は変えるべきではない。レートの高さは、塀の高さと同じであり、技術とは本来別のものであるからだ。

とはいえ、高い塀の上を歩くことには、もちろんリスクがある。強い風が吹いたり地震が起きたりして、転落する恐れは十分ある。そういった時のために命綱は必要だ。

しかし、どれだけ命綱をつけようと、高い塀の上でも畳のへりを歩くように歩けるようにならなければ、へっぴり腰になってかえって転落の危険は増すものだ。それがわたしの「信念」である。

理性とか信念とかいうのも大げさだ。なぜなら「塀の上であろうが、畳のへりであろうが、いつもと同じことをしろ」と言っているに過ぎないのだから。

元AKB48のこじはるは、誰でもできる3連単5頭ボックスという馬券の買い方ながら2年プラス収支を達成している。これは偶然にしろ自分の感性という強みが資金管理と合わさったことで現実化された好例だろう。

こじはるにできてあなたにできない理由はない。自分だけの得意なファクターが見つかれば、その利益はあなたの内にある泉から湧き出したものと言える。

昨年は一貫性を軽視したように感じるチョイスだったが案の定マイナス収支に終わっている。これはAKB脱退時期と重なっており何らかの意識的変化もあったのだろう。

投資で勝つには一貫性が必要なのは間違いない。それがなければ糸の切れた凧のようにフラフラとさまよい貴重な時間をムダにすることになる。

そうならないためにも自分だけの手法を手に入れて、しっかりと管理下におき経験していくこと自信を育んでいく。あせらずに自信という地盤を作りあげることが一貫性を生み出し成功への近道となるだろう。